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福島に移り住み早8年。脱サラ夫婦2人(+子供2人)の安全安心おいしい農的生活です。コンの日記 http://nouka.blog68.fc2.com/ もご覧下さい。


by sekikonko88

経営継続補助金

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補正予算で組まれた事業で総額200億円だとか。農水分野とマスクがイコールとはね。
とは言え、農機市場が約2,000億と聞いていますので、かなりの規模ですね。(全部が農機になる訳ではないですが)

知り合いの農家さんより申請書の作文を指南して欲しいと頼まれ、その存在を知りました。
まずは、概要を把握するために農協へ。要望者の一覧表に書き連ねられた農業者名、機械名・・・・、久々に地域が色めき立って見えました!
折角の機会だからと私も1つ出してみました。
地元農協からは約700件の申請が出たそうです。さて、結果は如何に?

それにしても、伴走支援とやらで、農協等の支援機関を通じての申請だったり、補助金事務局が設置されyoutube動画がアップされたり、補助率が3/4だったりとどうも今までの農水の直営事業とは違う雰囲気。もしかして経産省の手法をパクったか?、農水の力が低下し経産に屈服したのか?様々訝ってしまいました。



# by sekikonko88 | 2020-07-29 22:56 | 農業

気持ちを新たに

FBを使っていると文章よりは写真重視になり、長文の入力がとても大変なのでスマホだと短文化します。
スマホが主流になり、生活様式のみならず思考形態まで変わってしまったような気がします。
即時・即興的に映像を交えて余興的に記録というのも面白いですが、それをすればするほど、座して頭の中を整理して文字で記録していくことの大切も実感します。

本ブログも更新せずにいたら、Cookieだからの仕業によりアクセスできなくなったり大変なことになっていました。
改めて、気持ちを新たにして書き始めようと思います。

そもそも何故ブログなんか書くのでしょうね?
過去の自らの行いを振り返ることができる、やら、自分や地域についての情報発信、やら様々もっともらしい事が浮かんできますが、よくよく考えてみますと、子供達へのメッセージなのかも知れません。自分の事を面と向かって言うのは気恥ずかしいことで、私は大の苦手。
自分が生きた時代、自分がしたこと、考えたこと、知ったことの全てを子供に繋いでいきたいと思っていますが、受けての子供からすれば迷惑かも知れませんので、いつでも見ることができるようにしておけば、何かの時にアクセスし役立てるかも知れません。
このことは、自分自身が父親と良く話す前に死別(と言っても60過ぎまでは生きましたが)してしまったことに起因しているのだと思います。

学生の頃、自分は49歳で死ぬと直感したことがあります。
当日はまだまだ先の事と思っていましたが、気が付けば2020年となり、その49歳になってしまいました。
平々凡々に農業して、バカのように酒を飲んでロクデナシな感じですが、たまには自分と向き合って様々書いていくことにします。
戦国時代の大物ですら、「四十九年一睡の夢一期の栄華一盃の酒」と言い切るのですから、
私ごとき雑兵は、一杯のビールくらいの気持ちで良いでしょうね。


# by sekikonko88 | 2020-07-14 13:32 | 生活

秋の夜長に考える1

FBは写真と短文でことが足りるので重宝しますが、長めの文章を書かないと何か能力が低下してきているような感じがします。
実際、何か書こうとして以前よりは書けなくなっていますし。
一寸反省しています。
自分の考えを整理し、考えながら文章を書く練習を怠らずにしたいと思いました。

さて、日が短くなり、朝夕が涼しくなり、秋の陽気となってきました。
元気だった夏野菜はなりを潜め、農作業が落ち着いてきました。
夏は仕事に追われていましたが、今はこちらのペースに戻り良い感じです。
日中はここぞとばかりに草刈りをしています。
2,3日中にはほ場周辺の草刈りも一段落する予定です。最近はアレチウリが猛威を振るい大変です。今花をつけ、棘のある種を付けるの厄介です。今、出来る限り退治しておきたい奴です。
葛、ヤブカラシ、アメリカ(本名:カナムグラ、師匠の婆様がたい肥から侵入してきた外来種と信じています。以前は東和地区になかったそうです)と厄介な奴らがいますが、今はアレチウリですね。圧倒的です。何とかしたいものです。

とは言え、有機農業をしていると雑草=悪と思えず、つい手心を加えていたのも事実。でも、それでは我々の生活圏が荒らされてしまいます。
雑草とどう向き合うか?除草剤を撒けば一発で勝負はつくでしょうが、本質的な解決ではないような気がしています。農薬や化学肥料は、限りある資源を先取りしているので、未来永劫続く技術ではないと思っています。
雑草が無尽蔵に生えるというのは、とても厄介なことですが、考えようによればバイオマスが自動的に増えているとも言えます。雑草に窒素固定はアテにはしませんが、大量の炭水化物の供給源になりうるので資源と言えば資源・・・。
植物に造詣が深かった昭和天皇は、雑草という草はない!と言われていたそうですし。
有機農業に携わる者として、厄介な雑草を資源に活かさねばならないと思ってます。
刈草を積んでたい肥にせずとも、畑に取り込み、敷き草にし勝手に分解でも良いですし、モアで粉砕しすき込んでも良いですしね。

肥料で取る近代農法を反省するなら、やはり、これらバイオマス資源を有効に活用したいものです。
簡単ではないですが、雑草と向き合っていきたいと思います。

# by sekikonko88 | 2019-09-06 23:51 | 生活

平成30年の終わりに

後数時間で平成30年が終わろうとしています。
単なる1年の終わりでなく平成が終わろうとしていることに感慨深いものがあります。
振り返ってみると、昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御され平成となりました。
その時、自分は高校3年生。進学ではなく就職したので、社会人1年生として平成の世を歩みだしました。この年、最後の共通1次試験ということで余興で受けておきました。
昭和から平成へと元号が変わったことに特別何かを感じたことありませんでしたが、あの頃は、世が大きく動いていたように思います。

今では誰もが持っている携帯電話。当時は、トランシーバーのような携帯電話で、多忙な上司は真っ先に手に入れ、その大きさ故に邪魔で部下の私が持って付き従ってました。今ではポッケに入るのだから驚きです。
パソコンも然り。昔は一部のマニアのものでした。テープに記録されたマシン語で情報をやり取りしたり、デカいフロッピーディスクを読みん込んで動かしたり。今のノートパソコンの高性能さからは想像できない世界です。パソコンの普及に合わせ、インターネットが急速に普及し、電話線をジャックしていたパソ通が、誰もが何時でもどこでも繋がる時代になりました。
これらのコミュニケーション技術の進歩により、様々な恩恵を頂くことができましたが、情報の氾濫、気軽に繋がる環境は、良い面ばかりではないように思います。今後更なる進歩により我々は何を手に入れるのでしょうか?
電気通信分野の進歩程、その他の分野は進歩していないように見えますね。
自動車は未だに道路を走っていますし、ナイト2000はまだのようですし。
農業についても学生の頃と比べて飛躍的に進歩した感じはしないですね。自然の摂理ををそう簡単に変えられても困るから、それで良いのかも知れません。ただ、JAに象徴されるように昭和の仕組みのままでいるのは頂けないです。生命原理をいじるのではなく、仕組みを変えることにより時代の変化に対応することは必要だと思っています。
身近なことを書き出すとキリがないですが、目を世界に向けてみますと、冷戦の終結とソ連の崩壊、東欧諸国の民主化、天安門事件・・・と、社会の教科書に載っていた世界が崩れていったのが印象的でした。あの時は、冷戦が終わり、民主主義が普遍的価値となり歴史が終わると言っていた学者がいたように記憶していますが、その後の世界は、残念ながら終わることなく、大国により作られた戦後秩序、冷戦により封じ込められていた矛盾が噴出し、新たな混沌とした世界史へと進んでいきました。その余波は今でも続いているところです。技術は進歩しても人の内面はそれほど進歩しないことを実感します。

人生の大半を占めるであろう平成についての総括は追々進めて行きたいと思っています。
次の30年はどのような世界となるのでしょうか?楽しみですね。

ただ、自分の学生の頃、自分の人生は49歳までだと直感しているので、次の30年なんて言ってられるのだかどうか・・・。
まだまだ子供が小さいのだから無責任なことは言わないようにしたいですが、奇しくも上杉謙信は「四十九年一睡夢 一期栄華一盃酒」と言っているので、しっかり目標に向かって進みたいものです。

平成の世を心穏やかに送れることに感謝。
年末と言えばベートーベンの第9ですが、今年は、マーラーの「大地の歌」と「第9番」を聴きながら、この平成を送りたいと思います。合掌。

# by sekikonko88 | 2018-12-31 19:10 | 農業

自転車での遠出

学生の頃は長い休みを利用して自転車で全国各地を走り、就職後もマメに走ってました。
当地に移住してからも、地元の「針道駆楽部」に所属し年一回程度は走っていましたが、畑仕事の方が楽しく段々と乗らなくなっていたところ、震災が発生し様々な雑事に流され、自転車は物置に放棄されてしまいました。
発災より6年が経過し慌ただしかった数々の事も何となく落ち着いてきたことから、改めて自分を見つめ直そうと思い放棄してあった自転車の再整備を始めました。
不足する部品を調達し暇を見ては組み立てるのは楽しいもので、何処に走りに行くかと考えると更に楽しくなります。
30歳の時に300km/日だったので40代だから400km/日と思いましたが、6年もブランクがあるので無理せず250km程度で、かつ楽なところということで銚子を目指すことにしました。
結局、日々に追われ前々日に二本松往復したのみの試走で不安が残りましたが、ヨメの伴走があることから、行けるところまで走るということで出発しました。
意外と走れることには驚きました。
基本は踏むのではなく、引き足重視で回すことですね。
当初の見込みよりは早いペースで走り終えることができて何よりでした。
結果は次の通りでした。
10月8日(日)
3:30出発(濃霧のため走っていると水滴がついてきます。要注意です)
5:00風越峠
6:10いわき市三和(日の出の頃)
8:10勿来火力発電所
8:30県境(勿来の関)
10:00大洗(海は荒れていました)
14:00鹿島サッカー場
16:00銚子大橋
16:20犬吠埼(観光客が溢れてました)
17:20宿着(銚子かと思ったら旭市にありました)
走行距離:277km
走行時間:13h35m
平均速度:23.9km/h
最高速度:64.9km/h(鹿島神宮近くの下りにて)
ところで、この遠出は自分自身の為だけでなく、子供達に、いい年した父ちゃんが頑張っている姿を見せたいという下心があったのですが、当の子供達はレーサーパンツにジャージの奇異な恰好に喰い付くばかり。
自転車での遠出_e0168764_23033532.jpg
レストランで合流して家族で昼食の時のこと。
美菜:父ちゃんパンツ履いてないんだって(とヒソヒソ声)
春希:ヒェー!(と大きな奇声)
ダメだこりゃ。
※写真のジャージは、学生の頃から使ってます。カラフルなジャージが多い中単色というのは珍しく、ギャンブルレーサーなんて茶化されてました。パンツは確かに水着同様直接履くので下着は履きませんが、喰い付くところかな・・・?



# by sekikonko88 | 2017-10-15 23:06 | 生活