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福島に移り住み早8年。脱サラ夫婦2人(+子供2人)の安全安心おいしい農的生活です。コンの日記 http://nouka.blog68.fc2.com/ もご覧下さい。


by sekikonko88

平成30年の終わりに

後数時間で平成30年が終わろうとしています。
単なる1年の終わりでなく平成が終わろうとしていることに感慨深いものがあります。
振り返ってみると、昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御され平成となりました。
その時、自分は高校3年生。進学ではなく就職したので、社会人1年生として平成の世を歩みだしました。この年、最後の共通1次試験ということで余興で受けておきました。
昭和から平成へと元号が変わったことに特別何かを感じたことありませんでしたが、あの頃は、世が大きく動いていたように思います。

今では誰もが持っている携帯電話。当時は、トランシーバーのような携帯電話で、多忙な上司は真っ先に手に入れ、その大きさ故に邪魔で部下の私が持って付き従ってました。今ではポッケに入るのだから驚きです。
パソコンも然り。昔は一部のマニアのものでした。テープに記録されたマシン語で情報をやり取りしたり、デカいフロッピーディスクを読みん込んで動かしたり。今のノートパソコンの高性能さからは想像できない世界です。パソコンの普及に合わせ、インターネットが急速に普及し、電話線をジャックしていたパソ通が、誰もが何時でもどこでも繋がる時代になりました。
これらのコミュニケーション技術の進歩により、様々な恩恵を頂くことができましたが、情報の氾濫、気軽に繋がる環境は、良い面ばかりではないように思います。今後更なる進歩により我々は何を手に入れるのでしょうか?
電気通信分野の進歩程、その他の分野は進歩していないように見えますね。
自動車は未だに道路を走っていますし、ナイト2000はまだのようですし。
農業についても学生の頃と比べて飛躍的に進歩した感じはしないですね。自然の摂理ををそう簡単に変えられても困るから、それで良いのかも知れません。ただ、JAに象徴されるように昭和の仕組みのままでいるのは頂けないです。生命原理をいじるのではなく、仕組みを変えることにより時代の変化に対応することは必要だと思っています。
身近なことを書き出すとキリがないですが、目を世界に向けてみますと、冷戦の終結とソ連の崩壊、東欧諸国の民主化、天安門事件・・・と、社会の教科書に載っていた世界が崩れていったのが印象的でした。あの時は、冷戦が終わり、民主主義が普遍的価値となり歴史が終わると言っていた学者がいたように記憶していますが、その後の世界は、残念ながら終わることなく、大国により作られた戦後秩序、冷戦により封じ込められていた矛盾が噴出し、新たな混沌とした世界史へと進んでいきました。その余波は今でも続いているところです。技術は進歩しても人の内面はそれほど進歩しないことを実感します。

人生の大半を占めるであろう平成についての総括は追々進めて行きたいと思っています。
次の30年はどのような世界となるのでしょうか?楽しみですね。

ただ、自分の学生の頃、自分の人生は49歳までだと直感しているので、次の30年なんて言ってられるのだかどうか・・・。
まだまだ子供が小さいのだから無責任なことは言わないようにしたいですが、奇しくも上杉謙信は「四十九年一睡夢 一期栄華一盃酒」と言っているので、しっかり目標に向かって進みたいものです。

平成の世を心穏やかに送れることに感謝。
年末と言えばベートーベンの第9ですが、今年は、マーラーの「大地の歌」と「第9番」を聴きながら、この平成を送りたいと思います。合掌。

# by sekikonko88 | 2018-12-31 19:10 | 農業

自転車での遠出

学生の頃は長い休みを利用して自転車で全国各地を走り、就職後もマメに走ってました。
当地に移住してからも、地元の「針道駆楽部」に所属し年一回程度は走っていましたが、畑仕事の方が楽しく段々と乗らなくなっていたところ、震災が発生し様々な雑事に流され、自転車は物置に放棄されてしまいました。
発災より6年が経過し慌ただしかった数々の事も何となく落ち着いてきたことから、改めて自分を見つめ直そうと思い放棄してあった自転車の再整備を始めました。
不足する部品を調達し暇を見ては組み立てるのは楽しいもので、何処に走りに行くかと考えると更に楽しくなります。
30歳の時に300km/日だったので40代だから400km/日と思いましたが、6年もブランクがあるので無理せず250km程度で、かつ楽なところということで銚子を目指すことにしました。
結局、日々に追われ前々日に二本松往復したのみの試走で不安が残りましたが、ヨメの伴走があることから、行けるところまで走るということで出発しました。
意外と走れることには驚きました。
基本は踏むのではなく、引き足重視で回すことですね。
当初の見込みよりは早いペースで走り終えることができて何よりでした。
結果は次の通りでした。
10月8日(日)
3:30出発(濃霧のため走っていると水滴がついてきます。要注意です)
5:00風越峠
6:10いわき市三和(日の出の頃)
8:10勿来火力発電所
8:30県境(勿来の関)
10:00大洗(海は荒れていました)
14:00鹿島サッカー場
16:00銚子大橋
16:20犬吠埼(観光客が溢れてました)
17:20宿着(銚子かと思ったら旭市にありました)
走行距離:277km
走行時間:13h35m
平均速度:23.9km/h
最高速度:64.9km/h(鹿島神宮近くの下りにて)
ところで、この遠出は自分自身の為だけでなく、子供達に、いい年した父ちゃんが頑張っている姿を見せたいという下心があったのですが、当の子供達はレーサーパンツにジャージの奇異な恰好に喰い付くばかり。
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レストランで合流して家族で昼食の時のこと。
美菜:父ちゃんパンツ履いてないんだって(とヒソヒソ声)
春希:ヒェー!(と大きな奇声)
ダメだこりゃ。
※写真のジャージは、学生の頃から使ってます。カラフルなジャージが多い中単色というのは珍しく、ギャンブルレーサーなんて茶化されてました。パンツは確かに水着同様直接履くので下着は履きませんが、喰い付くところかな・・・?



# by sekikonko88 | 2017-10-15 23:06 | 生活

第7番

マーラーの交響曲第7番は、当初理解に苦しみとても苦手な曲でした。人や社会の暗い部分に切り込んだ6番、キリスト教的な価値観を表現した8番との間の交響曲ですが、何故これなの?と当初思いました。でも、様々な指揮者の演奏を聴いている内に、何となく理解できようになりました。これはこれで彼の発展の中で必然だったのだろうなと。
最近、凝っている7番は、ショスタコーヴィッチのものです。
この方の標題音楽は、聴くと映像が浮かぶものが多いですね。表現力があるというのか、何かを意図して作り込んでいるというのか・・・。
この7番制作の経緯を知るにつけ、曲の持つ意味を深く感じます。
特に、第3楽章は抑圧された者への鎮魂歌のように聴こえ深い共感と共鳴を感じます。彼自身が感じてきた抑圧も重ねられているのでしょうね。しかし、抑圧されている者達は、抑圧されているだけでなく、必ずや抑圧者を克服し、勝利していくところは実際の歴史のみならず、人間の内面に通じるものがあるように思います。

ラジオ番組で、この方については謎が多く分からないことだらけと言われてました。
当時のソ連故でしょうね。
だから、この方の曲については、純粋に曲として聴く、背景を踏まえて(勝手に)深読みして聴く等様々な聴き方をするのが良いのかも知れませんね。


# by sekikonko88 | 2017-10-13 22:57 | 生活

谷垣先生のこと

J党の谷垣さんが引退表明をされました。
自転車事故の療養が長く続いていたので、ご本人様はとても無念だったかと存じます。
昔を振り返れば、前職の時、谷垣さんは、食品安全担当大臣(副大臣は地元選出のNさん)でしたので、とても身近に感じていました。
当時は、事務方の意向をしっかり汲んだ答弁には感銘を受けましたし、職員の労を労い懇親会を開催される気配りに更に感銘を受けたものです。谷垣さんは自転車好きで有名ですが、当時は、SP連れて(国家公安委員長も兼務されていたようです)多摩川サイクリングロードを走っていたのだとか。そんなこともあって、懇親会で、少々、自転車のことで盛り上がったことを覚えています。
(カーボンホイールを買いたいが上さんが・・・と結構庶民的!)
自転車、ワイン好き、実家が酒屋等々勝手に親近感もっていたので、引退表明を聞いてとても残念な気持ちになりました。
とは言え、御年72歳なので、これからはゆっくりと余生を楽しまれて頂ければと心より思いました。


# by sekikonko88 | 2017-10-04 00:03 | 生活

トヨマユしっかり!

「クモがぁ~クモがぁ~」朝、登園の時に長男が車中にて大泣き。大粒の涙をポロポロ流してます。
どうやら刺されたようです。登園後も痛いの赤くなったのと大騒ぎでした。(何事もなかったですが)
それにしても、長男は良く泣きます。
泣く時は、大粒の涙をポロポロ流し、訴えるように泣きます。
本人は相当応えているのでしょうが、ついつい、その健気で一生懸命な姿に微笑んでしまします。
(傍から見る酷い親ですね・・・)
泣いた後にケロッとしているのが、また微笑ましい。

一生懸命と言えば、朝のニュースで騒がれていた豊田真由子さん。
人事院研修で同期でした。
とてもアグレッシブで理論的。議論・討論ではこちらはタジタジ。
女性の時代を象徴するような方でとても素晴らしかった。
議員になられたと聞いてとても嬉しく思ったものです。

人事院研修は泊まりありの長期研修で、終わる頃には様々な省庁の方々と仲良くなれました。
最後の懇親会の場で、トヨマユさんが、「マグナムって一生懸命生きてるよね~」(何故か私はマグナム関と呼ばれてました)とニコニコと一言。褒めているのか憐れんでいるのか?
ま、私は仕事、遊び、酒飲み、何事も結果はどうあれ一生懸命だったので、彼女なりの励ましたの言葉だったのでしょうね。

今は厳しい状況のようですが、頑張れトヨマユ!ですね。

# by sekikonko88 | 2017-06-23 21:57 | 生活