福島に移り住み早8年。脱サラ夫婦2人(+子供2人)の安全安心おいしい農的生活です。コンの日記 http://nouka.blog68.fc2.com/ もご覧下さい。


by sekikonko88

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戦後70年

敗戦から70年のこの年。パラオ、都慰霊堂と陛下の「慰霊の旅」は続いています。
関連はないにしても、特攻隊員の生き残りの板津忠正さん(知覧特攻平和会館の初代館長)の訃報が流れたり、戦艦武蔵の遺骸がレイテ湾海底より発見されたりと、戦後70年の節目の年に、太平洋戦争のことがクローズアップされた感じです。

当時を知る方々が段々といなくなり、戦争がイメージで語られることが多くなってきた感じがしますね。
「永遠のゼロ」では特攻を美談が如く扱っていましたが、人を捨て駒が如くの命を軽んずる作戦は、まさに愚策の表れ。死ぬ覚悟で事に当ることは重要ですが、必ず死ぬことを前提にするのはいけないと思います。

ヨメの爺さんは終戦間近、愛媛の航空隊の配属になり特攻を覚悟し行って見たら、木造の擬装機が滑走路に並べられていたのを見て敗戦を確信したそうです。このような状況であったことは上層部は分かっていたに拘わらず、自分たちの保身のために民の無知を利用して無茶苦茶させた事実。その代償は、とても大きかったことを忘れては先の大戦で亡くなられた方々が浮かばれません。

過去の同胞の失態を知るのは心苦しいですが、同じ轍を踏まぬため、しっかりと過去に学び、事実を見る目を養って行かねばならないと思っています。




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by sekikonko88 | 2015-05-30 23:43 | 生活 | Comments(0)

茂木町にて

県の「地域創生・人口減少対策有識者会議」の委員をさせて頂いております。
今秋までに県として計画をまとめなければいけないとのことで、良いペースで開催されており、各委員からの忌憚なきご意見にいつも感銘を受けています。色々と言われている事務局は大変ですね。お疲れ様です。

さて、先日、その会議で先進地視察ということで、栃木県茂木町へ行って来ました。
やり手の町長が「智恵ある者は智恵を出せ、智恵ないものは汗をかけ」と職員を叱咤激励し、地域活性化に向け様々な取り組みをして大きな成果を上げています。
道の駅もてぎは、地方創生の拠点となる全国モデルに選ばれ(全国で6箇所)、年間125万人の来駅者、売上8億円、80名雇用という実績を有し、6次化として自ら加工もしています。また、地域資源循環センターでは、町内で回収される生ゴミ、里山で得られる、落葉、間伐材、竹を堆肥化、農業への活用を行い、地域資源の循環利用が進められています。他に、ヤル気ある地域へは、起業まで支援しています。
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                  (写真は、里山から集められた「落ち葉」です)

行政や学者が喜ぶ成功事例で、様々なところで紹介されていますが、現実は厳しく若者達は職を求め町外へ転出し、人口減を止めることができずにいます。
母ちゃんのパートの場ではなく、一家の主の働く場が必要なんだ・・・と町長は仰ります。
成功体験に溺れず、現実の問題をしっかりと認識し、将来を見据えて次なる手を講じようとしている姿に感銘を受けました。

茂木町は、現行のルール、法の規制下で、最大限できることは何でもやっていると思いますが、それでも得られる成果では十分でないということを証明しています。
本当に地方創生を目指すなら、国がガチャガチャ言うのではなく、全てを地方に任せ、国は大胆な規制緩和をして地方のアシストに徹するようにしなければなりません。


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by sekikonko88 | 2015-05-30 23:21 | 農業 | Comments(0)
「脱帽!御霊に対し敬礼!」第1分団副分団長の号令の下、出棺の車列へ一堂最敬礼。

東和へ来て9年経ちますが、消防団員として始めて葬儀に参列いたしました。
ラッパ隊員の父親が若くして急逝されての参列でした。
人の死はやはり重く辛いものです。それが、知った方の親族であればなおさらです。

人徳厚く、人望高い方だったので、参列者も多く、厳か且つ厳粛に執り行われ、私も身震えるものありました。
私自身を振り返り、父をこのように弔うことができたか・・・反省。

消防団の繋がりは、血縁、屋敷・行政区のような地縁、職業仲間とは違った、連帯感、仲間意識を感じていますが、葬儀で改めて実感した次第。

心より故人のご冥福をお祈り申し上げます。
合掌。

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by sekikonko88 | 2015-05-26 23:47 | 生活 | Comments(0)