福島に移り住み早8年。脱サラ夫婦2人(+子供2人)の安全安心おいしい農的生活です。コンの日記 http://nouka.blog68.fc2.com/ もご覧下さい。


by sekikonko88

カテゴリ:生活( 414 )

地獄めぐり

「ふくしまの今を語る人」という県の事業で、震災以降の生産者としての取り組みについてお話しさせて頂いております。
早いもので原発事故から4年半が過ぎました。あの当時は、様々な無責任な情報が飛び交い、誹謗中傷があり心穏やかでなかったですが、これまで積み上げてきた経験、事実が紛れもない真実なんだろうと思っていますし、誰が正しいか歴史が証明してくれるでしょうね。

さて、その事業にて、大分へ参りました。一般市民、消費者団体関係者など様々の属性の方々参加され、福島も忘れさられていないなと感激した次第です。ご清聴ありがとうございました。
講演を終え、帰りの飛行機まで3時間程度時間があったことから、「地獄巡り」なる観光をしました。
幾つかの変り種温泉に浸かるものと思っていたら、見るだけなのですね・・・、無知でした。
仲間とタクシーをチャーターし、「竜巻地獄」「地の池地獄」「海地獄」「坊主地獄」を巡りました。他にも地獄あるのですが、見所はこの4つだそうです。それぞれ90℃以上のお湯で演出されるので正に地獄。それぞれ見ごたえありますが、坊主地獄が良かったですね。
e0168764_20454107.jpg
e0168764_20453940.jpg
e0168764_20453674.jpg
ところで、地獄巡り中、喉が渇くので、生ビールを探したのですが、何処にも発見できず。
飲酒運転・入浴を防止するための「地獄組合」の申し合わせなのだとか。
私にとっては、これが一番の地獄・・・。

空港にてガムシャラニ飲む馬鹿な私。
でも、これで地獄に行くのなら悔いはないですね。


[PR]
by sekikonko88 | 2015-10-27 20:46 | 生活 | Comments(2)

安保法制

醸造や出荷調製作業中は、NHKラジオを聴いています。
標記件は、今国会の最大の争点であることから国会中継が度々あり、耳を傾けていました。
法案全てを読み込んでいる訳でないので、トヤカク言う資格ないですが、質疑を聞いていて、総理を始めとした政府側答弁は丁寧さを欠き、誠意がないというのが感想でした。
質問に答えず、言いたいことを言う。度々、言うことを変える・・・。
数で優る側の驕りとも言える姿勢のまま、最期は強行採決。

しかしながら、危険な北朝鮮、領土的野心むき出しの中国、不安定な中東情勢等々、国際情勢は楽観できず有事に備える必要はあります。そもそも戦後、平和国家でいられたのは日米安保条約を締結しアメリカの庇護の下、経済に専念したからに他ならず、そろそろ応分の負担を求められるのも当然と言えば当然。

ならば、堂々と改憲し、新しい国のあり方を示せば良いではないか?と思います。
解釈の仕方を変えるという姑息な手や時の政府が恣意的に動けるような法律を考えると「真意は何か?」と疑いたくなります。
そんなにしてまでアメリカ追従でいたいのか・・・。

それ以上に、先の大戦の敗北と同じにならないように、責任の所在をはっきりとさせる、一部の人間だけで決定させない等々、しっかりとした仕組みと監視体制が重要だと感じています。




[PR]
by sekikonko88 | 2015-09-18 19:43 | 生活 | Comments(1)

子は親を映す鏡ですね。

40過ぎても迷うばかりです。
思い巡らし、出来る範囲で手を打ち、少しずつ前に進めるよう努力していますが、
ここ数日、思い悩むこと多く、パフォーマンスが低下していた感じがします。
そんな時は、子供にも悪影響がでるものです。

娘が頭痛がすると保育園を2日休みました。医者に診てもらっても異常なし。
家にいる時はピンピンしています。

さて、原因はなんぞ・・・。
娘と色々と話してみると、友達と上手く遊んで貰えないとか様々な悩み(?)を言ってくれますが、原因は今一つ掴めません。

師匠のハウスが先日の豪雨で冠水し、その復旧作業に参加し汗を流しました。
様々な方々が作業に来られており、助け合って生きる東和地区らしさを実感しました。
そんな中で汗を流していたら、数日間のモヤモヤしていたことが嘘のように晴れていきました。帰宅し、娘と向き合っていると、娘も調子良さそうです。

原因は自分の中にあったのですね。
親の心のありようを、子供は敏感に察知し、何かしらのアウトプットをするのでしょう。
自分をもっと見つめていかねばならないと実感しました。



[PR]
by sekikonko88 | 2015-09-18 19:31 | 生活 | Comments(0)

戦艦大和ノ最期

出荷作業中NHKラジオを聴いています。
番組で、高橋源一郎が、終戦70年を迎えるに当り読んで置きたい戦争文学ということで、「戦艦大和ノ最期」(吉田満著)を挙げていました。(他は、野火、江戸川乱歩全集)作業の合間読んで、やっと読み終わりました。漢字とカタカナの文語調標記で読みにくく時間が掛かり過ぎてしまいました。

読んでみて、悲しくなりました。
無謀な作戦を命令された兵士達の複雑な思い、使命と家族愛との葛藤、そして言い尽くせぬ凄惨な戦場・・・。
彼らは何のために戦ったのか?
現在の私が思う以上に、兵士自らが悩んでいました。
出撃を控えた士官達が集うガンルームでの論争
~以下本文より抜粋~
兵学校出身士官達「国ノタメ、君ノタメニ死ヌ ソレデイイジャナイカ ソレ以上何ガ必要ナノダ」
学徒出身士官達の反問「君国ノタメニ散ル ソレハ分ル ダガ一体ソレハ、ドウイウコトトツナガッテイルノダ 俺ノ死、俺ノ生命、マタ日本全体ノ敗北、ソレヲ更ニ一般的ナ、普遍的ナ何カ価値トイウヨウナモノニ結ビ附ケタイノダ コレラ一切ノコトハ、一体何ノタメニアルノダ」
「ソレハ理屈ダ 無用ナ、ムシロ有害ナ屁理屈ダ 貴様ハ特攻隊ノ菊水ノ「マーク」ヲ胸ニ附ケテ、天皇陛下万歳ト死ネテ、ソレデ嬉シクハナイノカ」
「ソレダケジャ嫌ダ モット、何カガ必要ナノダ」
論争後の鉄拳の応酬。
この論争を制する上級士官の結論
「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」
~以上抜粋終わり~
強制された死に直面する若者達の苦悶、その場の緊張感が伝わってきます。

自ら囮となり米軍の海空勢力を引き付け、日本軍の特攻を助け、敵攻撃を突破できた場合は、沖縄の敵只中へ突入、上陸して戦うという「天号作戦」。当然ながら航空機の掩護のない無謀な艦隊特攻です。
この命令に対し、艦隊の伊藤長官が、参謀本部に作戦の真の目的を問うたところ、
「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタシ」と最後的通告を受けたとあります。
青年士官達の純粋さ、苦悩、苦悶とは比べ物にならないくらいの上層部の狡猾さと低レベルな保身・・・。

一体何のために戦ったのか?
進歩を忘れぬよう生きることが戦没された方々への最大の弔いになると思います。

しかしながら、作中で、多くの士官、兵士は2、30代(筆者は学徒動員の士官で当時22歳)で、40代の兵士も出ていましたが老兵ということで、お荷物的な扱いされている点、気になりました。(「終わらざる夏」でもそうでしたね)
やはり40代ってリストラ世代なのでしょうか・・・

[PR]
by sekikonko88 | 2015-09-11 05:53 | 生活 | Comments(0)

終戦の日に

東和文化センターにて、太平洋戦争の戦没・従軍者の遺品の展示会があり、先人へ敬意を表し、過去を忘れぬために拝見させて頂きました。
会場には、当時の軍服、写真、手紙、様々な遺品が展示されていました。
この山奥の村からも国のため、北方領土、中国、南方と各地へ出征されています。
そう言えば、この家の先代の爺様も、隣の長老様(故人)と出征し中国へ行っていたそうです。
e0168764_12122146.jpg
千島で終戦を迎えシベリアへ抑留された方、先に陛下がご訪問されたペリリュー島やガダルカナル島、インパール作戦で戦死された方、更には、戦艦武蔵に乗艦しレイテで戦死された方、特攻隊として沖縄沖で戦死された方・・・それぞれの過酷な環境の中で、何を思われたか。
故郷に帰れぬ無念。残された家族の悲嘆。
遺品を見ていて様々な想いが巡りました。
e0168764_12124239.jpg
何故、戦争を始めたのか?。
何故、無茶苦茶、無謀な作戦を無数に実施したのか?
何故、早期に戦争を終わらせられなかったのか?

無能な政治家、無責任な官僚(当時の場合は軍部)達・・・。
時の政府が、国民を盲目にし、国のためにという美談の下、戦争を遂行し、破滅へ突き進んだ過去を絶対に忘れてはいけないと改めて思いました。

戦没された方々に心より哀悼の意を表します。

[PR]
by sekikonko88 | 2015-08-15 22:08 | 生活 | Comments(0)

ストックとフロー

経済や経営の勉強をしていると必ず出てくる言葉ですが、難しく考えず自分自身の事として記述してみたいと思います。
就農するに当っては、良くあるように貯金を取り崩しながら云々ではなく、常に稼ぎ(収入)を重視したストックではなくフローでの家計(経営)を意識していました。ストック頼りというのは、もう働けない老人の話で、若者はドンドン稼ぎフローを豊かにし、経済に貢献せねばなりませんからね。
お陰様でストック(と言っても頼りようがない程度ですが)に手をつけることなく、フローが多い、常にプラスの家計(経営)で推移してきています。

お金の話なぞはどうでもよく別の事に問題意識を持っています。
震災以降、自分自身、様々な取り組みを加速させていますが、それらは、20代、30代の頃に蓄積してきた能力やら知見やら(と言うのは程ではないですが、一応ストックですね)を活かしてやって来たことで、大した努力することなく、それなりの結果を出すことができました。
しかしながら、それらを発展させるとなると別の能力が必要で、ストックだけでは対処することができないことを実感しています。
今自分自身の中の閉塞感、パフォーマンスの低下はやはり、新しい能力開発(フロー)を怠った結果なんだなと反省する次第です。
次の10年、20年を見据え、今までの自分とは違う、新しい自分の開発が必要なのだと実感し、蓄積を開始したところです。子供たちが大きくなる頃までに何とかなるかな?と思いつつ、精進あるのみ!


[PR]
by sekikonko88 | 2015-07-17 07:24 | 生活 | Comments(0)

ヤマトと永遠に

小学校低学年の頃に流行っていたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」。
当時は、無限の宇宙への航海に憧れつつ、毎回攻撃に晒されボロボロになっても次回には新品同様になっているアニメらしい無理な設定を冷やかしつつ見ていただけですが、改めて見てみると、ありえない設定とは言え、地球のために!の一念で戦っていたのですね。
また、登場人物が日本人ばかりで、盃で乾杯したりと昭和のテイストが漂っていてグッド。

さて、我が家にもヤマトがあります。
e0168764_23303183.jpg
料理用の秤ですが、私が子供の頃から使っています。
ご縁あって、私が引き受け今でも使っています。推察するに40歳・・・。

40年ものですが、とても正確に計量できます。タ○タの電子秤も使っていましたが、バッテリー切れで使えなかったり、衝撃に耐えられず壊れたりと便利ですが繊細すぎ使い物になりませんでした。
アナログの強さを感じますね。

ヤマトよ永遠に・・・(映画に題名でなく)。そう思います。

[PR]
by sekikonko88 | 2015-07-06 23:45 | 生活 | Comments(0)

すしざんまい

娘が頑張った「東北復興ビレッジ」。
ご褒美にご馳走でもと聞いてみたら「焼き鳥!」とのこと。
飲まない客は客単価が低く店の迷惑だよなーと思いつつ、今勢いがある「鳥貴族」にでも行ってみるかと歩いていると、「やっぱりお寿司が良い!」と方向転換。
将来、男泣かせだなーと思いつつ、初マグロの買占めで有名な「すしざんまい」が赤羽にお店を出していたので、行ってみました。
出店したばかりで、それなりに並んでいましたが、子供が我慢できる内に入店できました。
カウンター席と机席があり、机席に案内されました。
当然ながら、カウンターを含め回転するベルトコンベアはありません。
席に着くなり、娘が「父ちゃん、ここのお寿司屋さんはお寿司が廻ってないね~?」と困惑気味に発言。
約束通りの発言に爆笑したかったですが、グッとこらえ、これが普通なんだよとアドバイスしました。
(いつも、お寿司食べたいとの希望に対して船引の回転寿司に連れていってばかりでスミマセンね)

廻ろうが、廻るまいが、寿司は寿司なので、娘は大喜びでした。
マグロ、イクラ、ウニ(何れも高級品)と好きなものを食べ尽くした挙句、一番美味しいと卵焼に落ち着くところは子供らしくて良いですね。

私はというと、お店の雰囲気に興奮し、お寿司に夢中になっている娘を肴に清酒ざんまい。
娘と父の楽しい一時でした。
すしざんまいさんは酒飲みはにはとても良いお店なので、今度は子供連れでなく、酒飲み仲間と行ってみたいですね。




[PR]
by sekikonko88 | 2015-07-06 23:28 | 生活 | Comments(0)

戦後70年

敗戦から70年のこの年。パラオ、都慰霊堂と陛下の「慰霊の旅」は続いています。
関連はないにしても、特攻隊員の生き残りの板津忠正さん(知覧特攻平和会館の初代館長)の訃報が流れたり、戦艦武蔵の遺骸がレイテ湾海底より発見されたりと、戦後70年の節目の年に、太平洋戦争のことがクローズアップされた感じです。

当時を知る方々が段々といなくなり、戦争がイメージで語られることが多くなってきた感じがしますね。
「永遠のゼロ」では特攻を美談が如く扱っていましたが、人を捨て駒が如くの命を軽んずる作戦は、まさに愚策の表れ。死ぬ覚悟で事に当ることは重要ですが、必ず死ぬことを前提にするのはいけないと思います。

ヨメの爺さんは終戦間近、愛媛の航空隊の配属になり特攻を覚悟し行って見たら、木造の擬装機が滑走路に並べられていたのを見て敗戦を確信したそうです。このような状況であったことは上層部は分かっていたに拘わらず、自分たちの保身のために民の無知を利用して無茶苦茶させた事実。その代償は、とても大きかったことを忘れては先の大戦で亡くなられた方々が浮かばれません。

過去の同胞の失態を知るのは心苦しいですが、同じ轍を踏まぬため、しっかりと過去に学び、事実を見る目を養って行かねばならないと思っています。




[PR]
by sekikonko88 | 2015-05-30 23:43 | 生活 | Comments(0)
「脱帽!御霊に対し敬礼!」第1分団副分団長の号令の下、出棺の車列へ一堂最敬礼。

東和へ来て9年経ちますが、消防団員として始めて葬儀に参列いたしました。
ラッパ隊員の父親が若くして急逝されての参列でした。
人の死はやはり重く辛いものです。それが、知った方の親族であればなおさらです。

人徳厚く、人望高い方だったので、参列者も多く、厳か且つ厳粛に執り行われ、私も身震えるものありました。
私自身を振り返り、父をこのように弔うことができたか・・・反省。

消防団の繋がりは、血縁、屋敷・行政区のような地縁、職業仲間とは違った、連帯感、仲間意識を感じていますが、葬儀で改めて実感した次第。

心より故人のご冥福をお祈り申し上げます。
合掌。

[PR]
by sekikonko88 | 2015-05-26 23:47 | 生活 | Comments(0)